41年前、帝京大学高等学校ラグビー部第一期生の練習の始まり
今見返して見ると
やっぱり漢字とかちゃんとかいてないし、思いついたことだけ書いてあるし
中学最後の試合事が書いてあり、そこそこラグビーの事分かってるように、生意気な事が書いてある
最初の一ヶ月はまだ中学生がぬけきれてなかったようです
しかしながら高校3年間ということは意識していたような感じ
書いたことちゃんとできてたか❓
本来、人様にお見せ出来るような物ではないが、41年前真剣にラグビー始まったんだなと
今と違い、昔、昔の事、だいぶ根性論で頑張れとかじぶんに言い聞かせているようだ
今ならばもっと論理的に心理学とかトレーニングによって克服するのが当たり前だと思うが、この頃は丁度そうゆうトレーニングが始まる前で、現代の栄養学、トレーニング方法、心理トレーニングといった総合的なトレーニングを経験したかったと今凄く思う、勿論、学業が第一なんだが
自分のようにビリ~2番目で入学してビリ~2番目で卒業、卒業証書にはっどうやって入って成績何番なんて書いてない、皆と同じ色して同じ事書いてある卒業証書貰える事は実証済、娘にも言い聞かせて3年間バスケットボールやらせた、2年生の時に右膝前十字靭帯部分断裂という大怪我しましたが、何とか手術せず温存でリハビリ、トレーニングで何とかインターハイ予選に間に合いましたが、東京都予選で敗退、本人後悔はしていないようです。
こんなことで試合とかできんの❓
セレクションで集められた連中とはいえ、中には未経験、辛いこと嫌いって奴数人いた
そんな連中やっぱり練習出て来なくなり、一人一人何回も放課後練習ない時に、出て来るように説得しにいくも、参加せず、最終的には退学して行く者も出る始末、1期生17人位しかいなかったので、3人止めたところで15人制出来なくなり、俺ラグビーやりに来たのにってふてくされてた
後々、アメフト部が廃部になりラグビー部へ合流して何とかチームが出来上がり何とか試合ができる状態に、あの時辞めて行った人達の事は残念だけど、今日のラグビーの人気と知名度アップどの様に思ってるのか気になる、ラグビーやる気で入って来て学費や諸々お金かかっただろうに、うちは裕福ではなかったので、お金足りなくなったら辞めて働くことも考えて学校通ってた、勿論休みはアルバイトしたりもしていた
高校生の時って誘惑いっぱい
16才~18才って人生の中でも一番やりたい事が沢山、バイクに車、女の子
半分大人なので何でもできる気になり、遊びの方が面白くなちゃってラグビーやる気無くしたり
ここに書けないような悪い事いっぱいしたり、それでもラグビー止めずに済んだことは、今になって本当に良かった事。今ケガしちゃてる人、辞めようか悩んでる人、どうかゆっくりと考えて続けられるなら止めないでもらいたい
何十年か後にこんな楽しみできるかも
コロナの影響でラグビースクールおやすみで、遊びついでにチョットコンタクトの練習、孫くん6才俺56才、あと何年位タックル受けてやれるでしょうか⁈
倒されるのが楽しくてしょうがない❣